「靴磨き職人探訪記」 part18 Mr, Tomohiko Koumae(THE FACTORY by Brift H)
シリーズでお届けする「靴磨き職人探訪記」。世の中にはたくさんの素敵な靴磨き職人がいる!第18回は初の靴修理職人の登場、THE FACTORY by Brift Hの店長 幸前智彦です。かの有名な靴修理店からはじまった靴修理人生が根底にある幸前の野望とは。
・靴修理職人になったキッカケは?
元々革靴はほとんど興味なくて履いたこともなかったんです。バスケをやっていたのでスニーカーが好きで、特にバッシュがめちゃ好きで買いまくっていました。特にNIKEです。中3まで本格的にバスケに打ち込んでいたのですが、高校受験に失敗して入った私立高校がバスケめちゃくちゃ強くて全国ベスト16とかに入るくらいだったので歯が立たなくてバスケはそれで辞めちゃったんです。
高校もほぼほぼ行ってなくて、あと1日休んだら留年って感じの3年間だったんですけど、ある日、親父が仕事帰りに車の中で神戸の整形靴の専門学校の話をラジオで聞いたみたいで、それを教えてくれたんです。その学校がオープンキャンパスをやっていたので行ったのですが、卒業生はアシックスとかに就職する人が多くてスポーツシューズ系に進めるかなと思って入学を決めました。
足と靴のことを2年間勉強する学校だったんですが、3ヶ月くらい外部で研修するっていうカリキュラムがあったのでアシックスのスポーツ工学研究所っていう当時イチローさんや高橋尚子さんなどのトップアスリートの靴を作っている所に行きました。そこに三村さんというその道の神様と呼ばれるような方がいて、その人に会いたくて研修先に選んだのですがそこで知ったのは自分のやりたいことを叶えるには大学の人間工学とかも学ばないといけないような分野だというのが分かったんです。
このまま学校卒業して就職してもやるとしたら工場のライン作業になるのかな〜と思ってそこで心が折れ、道が閉ざされてしまいました。就職活動もせずどうしようかなと思いながら卒業間近になった時、同級生が東京の有名な靴修理店があるって教えてくれたんです。すぐに電話して卒業式が終わった次の日に東京に行ってすぐに面接してもらい、「じゃあ明日から来て。」ってなって卒業2日目には働きはじめました(笑)。当時は兄貴がもう東京に住んでいたのでそこに転がり込んで靴修理職人人生がスタートしました。
ぶっちゃけそれから今まで考える暇もなくずっと靴修理をやっているという感じですね。靴修理自体は専門学校の授業で足の悪い患者さんの履いている靴を修理するという授業があったのですが、足の悪い方は履ける靴が限られているのでお気に入りの靴がまた履けるととても喜んでくれたのは印象に残っていたので良い仕事だなと思っていました。
僕が入った靴修理工場は日本一の名高い凄いところで、とにかく偉大な先輩がたくさんいました。配属になったのがレディース靴担当でとにかくレディース靴の修理を叩き込まれました。工場長と先輩がしっかり教えてくれたんですが、学校でフィニッシャー(修理する機械)とかは触っていたので自信はあったものの、仕事となるとかなり難しいと感じました。履く人によって状態が変わるので単調な作業の繰り返しではなく、毎回ケースバイケースなんです。それでかなり鍛えられました。
靴の作りとか構造みたいなところは学校で学んでいたので知っていたのですが、靴修理をしていて面白いなって思ったのは、例えば同じモデルの革靴でも履く人によって削れ方が違ったり、痛み具合が違ったりなど、ましてや左右で違ったりとか。あとは前にここを修理してあるなとか見えると、その人は大事に長く履きたいんだなって感じたり。お会いしてないのに靴からその人が見れるというか感じれるところは面白かったですね。そしてそこに自分が携われるという事にやりがいを感じてやっていました。
・修理で心掛けていることはありますか?
「自分のオリジナリティをなるべく出さない」ということです。靴修理と靴作りで一番違うのはまず完成系があるってことです、完成された靴を履きこんだのを直す上で修理する人のエゴは必要がないっていうのを昔叩き込まれたのが今も靴修理する上でのベースになっています。
なので新人の時なんかはオールソールのバラシを担当させられるのですが、バラス時にブランドごとの仕様を覚えて行くんです。ヒールの高さやコバの形状、飾り釘の仕様など見て覚えていきました。特に新品の靴がきた時なんかはオリジナル状態を見れるチャンスなのでしっかり見ておいて頭に叩き込んでいました。今ならネット調べられますが20年前くらいの当時はなかったので必死でしたね。
それと修理歴をよく見ることも大切にしています。例えばこの靴だったらヒールの高さが21mmのはずなのに17mmとかになっているのを見た時にあえて低くしている場合もあったりします。オリジナル通りに戻すと履き心地が変わってしまったりするのでそういったことも細心の注意を払っています。お客様と対面だと色々と聞けますが工場だと直接聞けないので経験値が必要な部分でもあります。
・印象深かった靴やお客様はいますか?
かなり前の話ですが某有名な歌舞伎役者のクロムハーツのエンジニアブーツを担当したことがあって、ブーツのカカトにのシルバー製のチャームが付いていたのが作業中になくなってしまったということがあり、冷や汗をダラダラかきながらそれを必死に探したことがありました。結局見つかったので無事に事なきを得たのですがその時の恐怖心が今もトラウマになっています(笑)。
あと自分の中で感覚が変わった経験がありまして、僕が当時銀座三越の婦人靴修理の店長をしていた時なのですが、女性のお客様でジミーチュウの修理の仕上がりが満足いかないということでクレーム頂いたんです。修理したのは別のスタッフだったのですが、お客様対応している中で、「技術には自信がありますので、ぜひ僕に修理をやり直させてください。」とお話しをして再修理をさせていただいた後に気に入っていただき、それを機に常連になってくださった方もいました。
長らく工場など裏方で自己主張なく靴修理をしてきたのですが、この一件があってからは自信を持ってお客様に自分の技術力を信じてちゃんと提案するっていうのは大事なのかなって思いました。それがあってからは自分に自信がつきましたね。ただ自分の修理が上手いと思ったことはないんです(笑)。最初の入りが日本一のとてつもない修理屋集団で、なんでこんなに早いのにこんな高いクオリティで直ってるんだっていうのがすごく記憶に残ってます。情熱も半端なく、当時受けた衝撃はかなりデカくて、周りからは褒めていただくこともありますがまだまだゴールが見えない、終わりない修行僧のような感じです。
・目標はありますか?
性格的に先のことは考えられないんですが、最近のスニーカーブームとかカスタム系のムーブメントは革靴にはない世界なので、まだ具体的にはわからないですが革靴もそういうムーブメントを起こせないかなと思っています。
今は休止中ですが”リメイクセンス”という靴をリメイクして新しい靴に生まれ変わらせるというプロジェクトを昨年やってみて、「自分の表現ってこういう形でもできるんだな」って思ったのは新鮮でした。修理の技術を活かしてそういうことができれば面白いなって思います。修理という概念が変わるようなことをやっていきたいなと思います。実用的なカスタムはありますが、アートピースを作るようなことはやっている人がないと思うんです。
Brift H青山で行っている”カウンターリペア”っていう目の前でオールソールの工程を見ていただき、最後には外した履き込まれたソールを額装してプレゼントするっていうサービスがあるのですが、今までになかった価値を作っていくことはやっていきたいですね。こうやって話しているとさっき話していた「自分のオリジナリティを出さない」っていうのに少し鬱憤が溜まっていたのかもしれません(笑)。
・オンライン靴修理について何かありますか?
家にいながら靴修理を受けれるというサービスはとても画期的なサービスなので、まずは皆様に体験して欲しいなと思っています。直接お客様の顔が見えない分僕もいつもより想像力を掻き立ててどんな方がどういう思いで靴を履いているかを考えて修理します!
この前もポストイットに”愛用の靴の修理お願いします。”って書いてあったんですが、それを見るだけでより気合が入ります(笑)。ご要望なども遠慮なく書いてくださると職人として本領発揮できるのでたくさん書いてください。
・変な質問ですが好きな修理はありますか?
この前お客様に「好きな工程はありますか?」って聞かれパッと思いついたのが、”銀剥き”という作業なのですが、表面を削ってヌバック状にする工程が非常に気持ちよくてたまりません(笑)。あと、好きで得意なのはレザーのヒール交換ですね。一番ご依頼が多い修理でもありますし、パッと見た時に「あっ直った」っていうのがわかりやすくて一番シンプルに気持ち良いというか、好きですね。
幸前がBrift Hに仲間入りしたのはもう4年以上前なのですが改めて靴修理職人になった時の話を聞いていると意外なことも多く楽しいインタビューとなりました。卒業と共に”靴修理”という名の荒波に流されるように入りながらも、直向きに仕事に向き合いここにきてオリジナリティを出すことを欲している点がとても興味深くこれからが楽しみです。ぜひオンライン靴修理をご活用頂き皆様にも幸前の修理を体験していただけたら幸いです。