「靴磨き職人探訪記」 part21 Mr, Shuji Kawaguchi(BLUE SUEDE SHOESHINE)

シリーズでお届けする「靴磨き職人探訪記」。世の中にはたくさんの素敵な靴磨き職人がいる!第21回は三重県名張市という自然豊かな”トカイナカ”で靴磨き店を始めた川口修史さんです。地元愛溢れる靴磨き職人の熱い想い。ぜひご一読ください。
長谷川:今日はよろしくお願いします。まず最初に、靴磨き職人としてのキャリアを歩むようになった、そのきっかけを教えてください。
川口さん:はい、よろしくお願いします。靴磨きを始めたのは、学生時代なんです。僕、当時サッカーをやっていて、カンガルーレザーや牛革のスパイクを履いてたんですね。で、「この革を綺麗にしたい」っていう純粋な思いから磨き始めたのが最初でした。それが楽しくて、毎日のようにやってました。
大学に進学してからは、ファッションに興味を持つようになって、良い靴を履くようになったんです。社会人になってからも、それを家で丁寧に手入れするのが、すごく好きで。磨いてる時間って、自分に向き合う感じがして、落ち着くんですよね。

長谷川:なるほど。では、プロの靴磨き職人になるきっかけは?
川口さん:僕の地元って田舎なんで、靴磨き屋さんがなかったんです。でも、東京に行く機会があって、「せっかくだし靴磨きかバーバー、どっちか行きたいな」と思ったんですよ。でもバーバーは高くて(笑)。それで「千葉スペシャル」さんにお願いすることにしました。
そこで、初めてプロの手で自分の靴を磨いてもらったんですけど、もう衝撃でした。「これが靴磨きか!」って。靴が綺麗になっていく様子を見てるうちに、心まで前向きになっていくような、不思議な感覚がありました。
長谷川:磨かれることで、心も整うような?
川口さん:そうそう。それに気づいて、これはただのメンテナンスじゃない、表現だなって思ったんです。その瞬間に「俺、靴磨きで生きていきたいかも」って、心のどこかでスイッチが入ったんですよ。
長谷川:そこから実際に学んでいくわけですよね。
川口さん:はい。ただ、当然最初はうまくいかないんですよね。千葉さんのお弟子さんに磨いてもらった方法をやっていたんですけど、全然同じようにはできなくて。悔しかったです。
それで、道具を一式揃えて、自分で再現するために毎朝4時に起きて練習しました。当時子どもが小さくて、家族に迷惑をかけたくなかったので、その時間を選びました。
自分の靴から、人の靴へ

川口さん:最初は自分の靴を磨くことから始めたんですが、どんどん上達していくと、もうそれだけじゃ物足りなくなって。そこでリユースショップでボロボロの靴を買ってきては、丁寧に磨いて、メルカリで売ってみたんです。でも、なかなか売れなくて(笑)。
それで「もう人の靴を磨くしかないな」と。じゃあどこで?って考えたとき、路上でやるしかないって。奈良の大和八木駅で、夜に3時間くらい路上靴磨きを始めました。多い日で10人くらいお客さんが来てくれましたよ。
長谷川:路上って、最初は警戒されませんでしたか?
川口さん:めちゃくちゃされました(笑)。でもある日、高校生が声をかけてくれて。「これからナンパ行くんで、靴磨いてください!」って(笑)。そうやって、少しずつ人との接点ができていきました。
靴磨き屋としてのスタート

長谷川:そこからどうやって店を持つまでに?
川口さん:会社員を辞めて、本格的にやる決意をして、アルバイトをしながら開業の準備を始めました。半年かからなかったかな。年末から準備をして、5月にオープンしました。
場所も最初は決まってなくて、子どもも奥さんもいる中で「本当にやっていけるのか?」って何度も話し合いました。奥さんからは「働きに行け」って言われたこともあります(笑)。でも今はすごく応援してくれてます。
地元・名張市でやる意味

長谷川:なぜ地元の名張市で開業しようと思ったのでしょう?
川口さん:地元って、僕にとって「イケてる場所」がなかったんです。かっこいい大人もいなかったし、かっこいい空気感もなかった。だから学生時代は大阪まで出て、そういうものを吸収しに行ってました。
でも、それって結局「地元に無いから出ていく」ってことじゃないですか。だったら、自分で作ってしまえばいいって思ったんです。
「名張には何もない」って言われることも多いけど、だったらそこに“何か”をつくる。それが靴磨きでできたら、かっこいいなと思って。
長谷川:名張にはどんな魅力がありますか?
川口さん:自然が豊かで、町家もまだ残っていて、昔ながらの商店街の名残があるんですよ。今はシャッターが閉まってる店も多いけど、歩いているだけで「なんかいいな」と思ってもらえる場所にできたらなって。
あと、大阪まで1時間半で出られるので、実は移住者も多いです。「都会に疲れた人が帰ってこられる場所」として、名張ってすごく良い場所だと思うんです。
靴磨きを通じて伝えたいこと

長谷川:靴磨きのこだわりって、どんなところにありますか?
川口さん:僕、基本的に“ツヤツヤにするだけが靴磨き”とは思ってなくて。日常使いできるように、手入れしやすく、割れにくくする仕上げを意識してます。ピカピカにして終わりじゃなくて、そこからがスタートなんですよ。
お客さんの中には靴磨きセットすら持ってない方も多いので、なるべく簡単に維持できるように磨いてます。仕上げも、普段のケアがしやすいように。
長谷川:印象的なお客さんはいらっしゃいますか?
川口さん:忘れられない方がいます。ホームレスから再起された方で、スーツとベルルッティの鞄と、たった1足の靴だけを持って、車の中で生活してたそうです。
その靴、正直どこのブランドかもわからないような状態だったんですけど、「この靴だけはどうしても手放せなかった」と。彼にとっては“再起の象徴”だったんですね。
僕、その話を聞いて鳥肌立ちました。ボロボロの靴に、ものすごい重みがある。それを磨かせてもらって、ピカピカになったときにすごく喜んでくれて。「ありがとう」って言葉が、本当に心に残ってます。
靴磨きを通して街の空気を変えたい

長谷川:最後に、川口さんの夢を教えてください。
川口さん:靴磨きって、僕にとって“表現”なんです。光らせるだけじゃない。その人の生き方や、今の気持ちを汲んで、表現することができる。だからこそ、僕自身も靴磨きを通して、もっと自由に色んなことを表現していきたい。
最終的には、ここ名張のこの通りが「なんかかっこいい」と思ってもらえる場所になったらいいなって思ってます。去年亡くなった、大事な友人がいて。その人も「ここで店をやりたい」「イケてる街にしたい」って言ってたんです。
だから、それを引き継ぐつもりで、僕もこの場所でやってます。地元に何かを返したいとか、町を良くしたいとか、そんな大きなことじゃない。でも、自分が“居たい場所”を、自分で作る。それが、僕のやりたいことです。
川口さんが生まれ育った名張市をナワバリに選んだ理由は僕が育った田舎とも通じる点がいくつかありとても感心してしまいました。常にニコニコと笑顔を絶やさず、その笑顔の中に燃える炎を感じる深く熱い思い。これからきっと地元も日本も輝かせていくことでしょう、近郊の方のみならず遠くの方も観光がてらぜひ川口さんの磨きを体験しに名張に行ってみてはいかがでしょうか。
