「靴磨き職人探訪記」 part9 Ms,Yurie Ito(いとの靴磨き)

シリーズでお届けする「靴磨き職人探訪記」。世の中にはたくさんの素敵な靴磨き職人がいる!第9回は靴磨き職人であり現役モデルとして活躍する伊藤由里絵さんです。元警察官から女性靴磨き職人へ。そしてバイクでの靴磨き旅など驚きが沢山のお話、ぜひお楽しみください!

・靴磨き職人になったきっかけは何ですか?

わたしが靴磨き自体を初めてやったのは警察学校の時なんです。その時はファッションとしてとか靴が好きでとかではなく、自衛隊みたいに靴磨きをしなくてはいけないというものだったんです。靴磨きはしなくてはいけないという感じで、靴を磨くのは教官に怒られないためにということが強く、更に怖い印象しかなく、それこそ警察学校の時、同じクラスの生徒が靴が汚いのを見つけられて生徒一同靴に1時間土下座させられたこともありました。人生初土下座でした(笑)。なので当時は靴磨きは嫌なイメージしかなくて。。。

そのまま靴磨きに良いイメージがないまま警察官だった4年間が終わりました。憧れだった白バイに乗りたくて警察官になりそれが叶いましたし、他の部署でも働くこともできて警察官としてはやりたいことは達成できたので、自分の夢だったモデルになることを目指したいと思いました。それを上司にも相談したら職場のみんなが応援してくれてモデルになる後押しをしてくれました。

そんな時、本当にたまたまだったんですが、友人がこれから面接に行くって時にスーツ姿で履いていた靴がめちゃくちゃ汚れていたんです。「それじゃ面接落ちるんじゃない?」という話になり、警察官時代の靴磨きの経験を生かして磨いてあげたんです。その時は警察の時のやり方でリキッドタイプの道具で磨いてあげたんですが、仕上がりを見て友人がめっちゃ喜んでくれてすごい感謝されたんです。

今まで靴磨きに対して嫌なイメージがあったのですが靴磨きってこんなに人に喜んでもらえることなんだと、とても衝撃的で、逆に振り幅がすごかったんです。その友人も「これ仕事にしたら良いんじゃない?」って言ってくれたんです。

当時は新型コロナ感染の一回目の緊急事態宣言の時で気分も沈んでいた時だった中での出来事で、心から「これだ!」っていう閃きみたいなものを感じました。そしてその日のうちに役所へ靴磨き屋の開業届を出しに行きました。それくらい衝撃的だったんです。その時に申請した名前が今の屋号である「いとの靴磨き」。あだ名でイトちゃんって呼ばれていたのでパッと閃いて店の名前にしました。

まずは革靴や靴磨きについて知識がなかったので、靴を知るために靴磨きの本を買ったりネットで調べたり、動画も見たりして勉強しました。圧倒的に靴を磨く数が少なかったので中古屋で古い革靴を買って綺麗にして写真をインスタであげるというのをやっていました。

あとは知り合いの靴を磨いて練習したりしてましたが、インスタは知識がなかったくせにいきなりHOW TOから始めたんですよ(笑)。いまだに最初の方の投稿は恥ずかしくて見れません。2020年から始めましたがしばらくHOW TOをあげてたんです。そしたら結構革靴好きの人たちに反響があって、あるとき大阪の革靴愛好家のかたが見つけてくれて「女性で靴磨きしている人が出てきた!」って話題にしてくれて大阪に靴磨きイベントのゲストとしていきなり呼ばれたんです!まだ初めて三ヶ月しか経っていないのに。

今まで一日1.2足しか磨いていないのにその日は15足磨きました。シューシャインギルドの大岡さんのお店でやらせてもらったのですが靴を履いたまま磨くスタイルだったので靴のブランドとかは分からなかったのですが明らかに普段磨いている靴よりも良い靴だというのは分かりました。も〜その日は怖くて怖くて、、、

愛好家の方々だから「靴磨き職人として育てよう!」って感じでしたけど、皆さんの会話が当時の自分には分からないことだらけでとても悔しかったのを覚えています。その悔しかった経験が大きくて、必ず革靴愛好家の方々に認めてもらえるようになりたいと強く思いました。

それを皮切りにフォロワーが一気に1000人くらい増えたんです。その前が150人でした(笑)。おかげで業界でも知ってくださるようになって翌月には百貨店さんにも呼ばれるようになりました。それまで1500円でやっていたんですが百貨店さんから3000円にしてくれって言われて。それがプレッシャーでかなり辛かったです。まだ3000円をもらえるような価値があるのかという葛藤がありましたし、その時はとにかく焦りしかなくて、一番のプレシャーは同業者の方々に知られるようになったことでした。

まだ靴磨き始めて半年しか経ってないのに状況が目まぐるしく変わっていって実力も知識も追いつけない中で何かを発信しないというのもあり辛くて泣いたりもしました。やっぱり見てわかるんですよ。お客さんが期待してきてくれて磨き終わった後の顔色など見て満足してくれていないなって。それがとても辛かったです。

その時に靴磨きの師匠であるGMTファクトリーの富樫さんから「初心者のいとちゃんにしかできない発信もあるよ」って言われたことがあって、その一言がとても大きくてありのままの自分で発信と仕事ができるようになってきました。長くなってしまいましたがこれが私が靴磨きとの出会いであり、靴磨き職人になったきっかけでした。

・伊藤さんにとっての靴磨きの魅力とは何ですか?

靴磨きの魅力の一番はやっぱり靴が綺麗になることで心が明るくなることだと思います。それが靴磨きの最大の魅力だとも思っています。しかも磨いているこっちまで明るくなんですよ!靴磨きをしている時ってお互いにハッピーになれる空間なので、ここからは幸せしか生まれてないなっていうのをいつも思います。

あと靴磨き自体の魅力としては、皆さん「磨いてもらうような良い靴持ってないから。」とか謙遜して言うんですけど、磨くと買った時以上に魅力的な靴に絶対になるんです!靴を魅力的に出来るのが靴磨きの魅力です。

・伊藤さんの靴磨きのこだわりはなんですか?

その靴との出会いやエピソードは聞くようにしていて、それを聞きながら磨かせてもらうんですが、磨き終わった後により愛着が湧いたよなんて言ってくれます。「この靴はいつ買ったんですか?」、「どういうシーンで履かれますか?」など、そういう話をしながら靴以外の話になることが多くて、たわいもない世間話もたくさんします(笑)。

どんな仕上がりが良いか聞くのは当然ですが、お客様はインスタとかで私の仕上げた靴の写真を見てくれている方が多いので基本はピッカピカにすることが多いです。自分の靴が生まれ変わる姿を見たいっていう方も多くて。あとバイカーのお客様も多く、ライディングブーツも沢山磨きます。あえて鏡面仕上げで別物にしたいという方もいますし、じんわり仕上げて欲しいって人もいるので様々ですね。

私のこだわりのラインディングブーツ磨きとしては、昨年作ったオリジナルクリーム「ハニービークリーム」がブーツに相性が良くてメインで使っています。蜜蝋が主成分なので結構光って素敵なブーツに仕上がるんですよ。バイクの運転はシフト操作をつま先でするのでその部分が擦れることを踏まえて鏡面磨きはそのバランスを見ながら割れないように磨きます。ラインディングブーツ履く方ってオイルベタベタっていう人が多いんですが、みなさんオイルだけでお手入れしているので革がかなり固くなっている人が多いのでクリームで磨くと柔らかくなって履きやすいと喜んでくれる人が多いんですよ。

・伊藤さんといえばバイクでの靴磨き旅ですが、ぜひお話聞かせてください。

私にとって靴磨きを今まで知らなかった人に広めたい!というのが気持ちがあったので、自分から広めて行こうと思って考えたのが靴磨きの旅をするということでした。それで“磨きのハッピーを伝えたい”っていうテーマでクラファンをやったんです。そしたらコメントが「道中気をつけて!」「バイク旅気をつけて!」っていうのが多くて「あ、じゃあバイクで旅をしよう」ってなったんです(笑)。最初はバイクでとは考えてなかったのですが背中押された感じですね。完全に見切り発車でしたが荷台を改造したらできるじゃんということで靴磨きバイクを作りました。

テーマとして各都道府県一箇所ずつは回って靴磨きをやる、届ける。クラファンはその旅の資金を集めました。リターンで靴磨き券などをご用意しました。北海道から出発したのですが初日の旭川にある某ショッピングモールで開催した靴磨きは人はたくさんいるのに一足しか磨くことが出来ませんでした。沢山応援してもらっているのに、、、と思いながら今までの泊まったことのないような古いホテルに泊まって初日からとても不安になりました。二日目から私の生命にも関わるのもあり必死になって声を掛けたりして7足磨けました。そうやって毎日靴磨きで稼ぎながら旅をしたんです。

2022年6月にスタートして、北海道→東北→新潟→富山→石川→福井→広島という経路で11月まで5ヶ月間靴磨きの旅をしていました。その旅の時々でオファーがあれば東京に帰ってきてイベントに出たりもしていました。そんな旅の中で富山で出会ったあるおじいさんがいらっしゃるんですが、その方は私が磨かせてもらうまで靴磨きを知らなかった方なんですがたまたま磨かせていただいたのをキッカケに靴磨きを好きになってくれたんです。

そしていよいよ私が富山を離れるってなった時に「磨いてくれなくなるって」泣き出してしまって。。。そしたらその人が「俺も日本一周する」って言って私が靴磨きしているところに毎回来てくれるようになってたんです。元々その方は富山から出たことがなかったという人だったんですがこれをキッカケに靴磨きと旅が趣味になったという(笑)。人生変わったと言ってくれました。ありがたいことに各地に毎回5足は持って来てくれるんですよ。

旅をしていて変わったのは「焦った靴磨き」をしなくなったことです。地方で出会う靴磨きを初めてしてもらうという方に靴を磨いていると上手いとか技術ではなくて磨いて靴が綺麗になっただけでとても喜んでくれるっていう方が多くて。それって自分が初めて友人の靴を磨いてあげた時の感覚ととても似ていて「ハッピーを届ける」っていう元々の靴磨きのテーマを叶えられているなって初心に返えれるんです。だから靴磨きの旅はこれからも続けていきたいと思っています。

・今後の展望はありますか?

今ひとつ大きな目標があって「靴磨き選手権大会」に出て一位を獲りたいと思ってます。先月くらいまでずっと悩んでいたんですが、靴磨きを競うという概念が自分の中にはなく参戦したくないなっていう思いがありました。でもそこで自分が活躍できたら多分まだ靴磨きを知らない人に届けられんじゃないかと思ったり、こういう女性の人もいるんだって思ってくれたら嬉しいなと思い大会に出る決意をしました。

女性が少ない業界ですが、これから靴磨きを志す女性たちが増えたらいいなって思っています。ゆくゆくは技術を教えて女性の靴磨き職人を育成していきたいと思っています。大きな展望ですが、そんな社会を作りたいです。

・最後に、Brift H製品で伊藤さんが好きな製品はなんですか?

THE CREAMです。もちろん旅にも持っていっていますが塗った時の伸びと染料系ならではの綺麗に革に染み込む感覚が好きです。特にネイビーが好きです。ネイビーは他のメーカーのネイビーも使っていましたがTHE CREAMが一番綺麗な青みのネイビーだと思うのでそこが好きです。

皆さんいかがでしたか。伊藤さんのお話を聞いているとご自身が靴磨きと出会った時の感動をそのまま多くの方に感じて欲しいというとても純粋な気持ちに溢れていると感じました。沢山の苦悩もあったと思いますが持ち前の行動力と気持ちの強さで未来を作っている姿は多くの方に勇気を与えてくれるのではないでしょうか。

男が多い靴磨き業界の中でキラキラと輝く伊藤さんがこれからもどんな活動を通して靴磨きを広めていくのかとても楽しみです。皆さんも機会があれば”いとの靴磨き”でインスタをフォローして伊藤さんに磨いてもらいましょう!

このページでご紹介の商品はこちら