「靴磨き職人探訪記」 part11 Mr,Yoshihiro Nishigami(ボストン&リオールズ福岡)
シリーズでお届けする「靴磨き職人探訪記」。世の中にはたくさんの素敵な靴磨き職人がいる!第11回は福岡でご活躍されるボストン&リオールズの西上悦弘さんです。靴が大好きで育ってきた少年が靴磨き職人へ。深夜のホテルでの靴磨きや激動の靴磨きストーリーをお楽しみください。
・西上さんが靴磨きにきっかけから今まで。
本当に深く遡ると、僕の母親が靴が大好きな人で、母が幼少時にデパートに行くとまず靴売り場に走っていくような人だったそうです。でも当時は好きな靴を買ってもらえたり出来なかったので、子供の僕には好きな靴を買ってあげたいと思っていたようです。
僕は小さい時から、エアジョーダンやコルテッツ、ニューバランスもニューバランスショップで買ってもらっていました。そんな母親の影響で僕も靴が好きになり、新しい靴を買ってもらえると嬉しくて、新しい靴を布団に入れていっしょに寝たりしてました。
大学生になり、アルバイトができるようになって、迷わずABCマートで働きました。靴店で働き始めて気づいたのですが、僕は靴ってワクワクして買うものだと思っていたのですが、お客様は決してそうではありませんでした。表に出ているセールの靴を試着もせず買われていく方が多く、それが衝撃でした。
僕にとっては、靴はワクワクして買うものであり、嬉しい気持ちになるものでしたが、世間一般ではそうではなかったのです。ビジネスマンの方も同じでした。そこで靴に興味を持ってもらう方法はないかなと考えました。
行き着いたのが、ビジネスマンの革靴を磨くことでした。革靴をきれいにすることが靴に興味を持ってもらうきっかけになれば楽しいなと思い、それが靴磨き人生のスタートでした。
21歳の時、アルバイトのABCマートで知り合いになったお客様に「靴磨きができるところを探しています」と話したら、『それならうちの会社に磨きに来なよ』とお誘いをいただき、某保険会社のオフィスに毎週靴磨きに通うようになりました。そのときはまだお金をいただける程の技術ではないと思い、無料で磨きながら技術習得に励みました。
みなさん靴を出してくれたのですが、そこで働いている方々はスーツをかっこよく着こなされ、とても輝いて見えて、ビジネスマンのイメージが大きく変わりました。そんな人達に、自分の大好きな「靴」を通じて喜んでもらえることにとてもやりがいを感じ、僕自身もより勉強をしました。
ちょうどその頃に就活の時期を迎えました。自分と向き合うことも多くなり、”自分が何をしたいのか” 、”自分は何者なのか”など、”この人生どうしよう”みたいなことを日々考えていました。靴磨きをして喜んでもらうことで自分の存在価値とやりがいを感じていましたが、現実的にはお金はもらえていませんので、靴磨きで生活をしていける将来像はまだ見えませんでした。
無料磨きを始めて半年くらい経った時、ある方から「いつもありがとう」って言って1,000円をいただきました。自分が好きな靴磨きを通じて相手の方が喜んでくれて、お金までいただけた。認められたように感じ、とても嬉しくて、靴磨きが仕事になることは天職だ!最高じゃん!って思いました。
その頃、ちょうど長谷川さんのYOUTUBEで、横から歩いてきて靴を磨くという動画を見ました。頑張っている長谷川さんの姿も刺激になり、より一層靴磨きを仕事にしたいと思いました。これが2012年です。
初めてお金をいただいたのをきっかけに、無料靴磨きをやめて500円と1,000円の2つのコースで有料化にしました。ですが、有料にした最初の回に一足も依頼がなかったんです(笑)
やっぱ無料じゃないと出してくれないんだなと痛感している時、先輩から福岡で靴磨きの会社を作るという話をいただきました。当初のビジネスプランは「ホテルでの靴磨き」でした。同級生の友人が就活に勤しんでいる時期、自分自身は靴磨きを仕事にしたいと思いつつも、簡単には稼げないと思い知らされているところでもありました。考えぬいた結果、一念発起して福岡に引っ越し、靴磨きの会社の設立に参画しました。
コールセンターでアルバイトをしながら会社の設立に関わり、2014年10月にようやく会社がスタートしました。待つこと1年でした。そこからホテルへの営業をスター出して2015年1月から契約先ホテルに行って靴磨きをするという生活が始まりました。しかし簡単には靴みがきの依頼が出ませんでした(笑)
もっと契約ホテルを増やさないといけないと思い、営業もがんばりました。昼はホテルに営業、夜はホテルで靴磨きという生活になりました。初年度は契約が10件程度でしたが、そこから50件まで増やすことが出来、そこからはきちんとビジネスが回るようになりました。
ある日契約ホテルで、靴磨きサービスのプロモーションをやらせていただいてた時でした。ちょうどそのホテルに宿泊されていた昴の方(靴資材の問屋さん)から「Saphir使ってるんだね。今度Saphirの講習を大阪でやるので来ませんか?」と声をかけていただきました。ご縁を感じ、会社のメンバーと大阪まで車一台で行き、Saphirのシューケアトレーナーの資格をいただきました。その時にSaphir(ルボウ)の太田部長と繋がりが出来、一番上の資格であるシューケアエキスパートまで、2016年7月に取得しました。
シューケアエキスパートは、Saphirの歴史やクリームの特徴、革への知識などについての筆記試験があり、その後に20分で革靴鏡面磨きの実技試験があるという、きちんとした実力がないと取れない資格です。より専門的な知識と技術を習得しながら、夜な夜なホテルを回って靴磨きをし、その頃になると年間5,000足超の靴磨きをしており、充実した毎日になってきました。
会社設立当初はオフィスビルに事務所を構え、ホテルでの靴磨きを中心にやってきたんですが、そろそろ福岡の方々の靴を磨きたいねとなり、2018年4月に現在の店舗(ボストンアンドリオールズ)を開店しました。
ボストン・シューシャイナーという会社名の由来は、最初に磨いた靴であるビルケンシュトックの”ボストン”というモデルにちなんで名付けました。リオールズはRe Olds〜古いものを再生する〜という意味で、リペアを受け持ってくれている晋平さんの店名Re Oldsです。足して今の名前になりました。
その年の冬に現メンバーで活躍する吉富がSHIPSから転職して加入しました。大学時代からの友人でもある吉富は自分にないものを持っているのでとても良かったなと思います。
そしてコロナ禍へ。ホテルからの受注はゼロに、外出自粛でお店の来店客もゼロになりました。どうしたものかと皆で店舗に集まっているときでした。4Fにある店舗の外に出て、だれも歩いていない福岡の街を眺めてながら、ふと代表が言いました「お店みんな閉まっているね。デパートも地下街も閉まっている。ということは、靴の修理屋さんも閉まってる。みんな自宅にいてやることなくて大掃除なんかしているから、チラシを作って配布して、集荷と配達をやったら喜んでもらえるんじゃない?」
これをきっかけに、チラシを作成してポスティングを始めました。家族も巻き込んで、福岡市内を歩き回って3万枚以上配りました。これがなかなか良い結果になりました。「こんなチラシを待っていました!」といってご連絡をくださるお客様がいたり、この時からのお客様も増え、なんとかコロナ禍を乗り切りました。
店舗のお客様も増え、”昼は店舗、夜はホテルで靴磨き”というスタイルが軌道に乗ってきました。そして2022年10月に、念願だった海外研修、フランスにあるSaphirの本社への訪問が叶いました。Saphirの工場で、クリームがどんな原料でどのように作られているかを実際に見ることが出来ました。
また、パリの街はSaphirの社長の娘さんのアテンドもあり、Maison Corthyのアトリエで靴磨きをしたり、HERMES製品の革を扱う会社に見学に行ったり、Berlutiの店内で靴磨きをしたり、お洒落で優雅な紳士協会SAPEURのイベントで靴磨きをしたり。4泊5日の海外研修は完全に靴と革とクリームの旅でしたね(笑)
ちょうどその頃、若い世代にも靴磨きを広めたくてTikTokをはじめました。この1年で、おかげ様で全国2万4千人の方にフォローいただいております。SNSがきっかけで靴磨きや革靴の魅力を知っていただければ良いなと思っています。
いろんな方のきっかけになれる可能性があるので、革靴の磨きだけでなくサッカースパイクを磨いたり、ZARAやユニクロの靴を磨いたり、修理の動画をあげたりしています。
先日は長谷川さんにも出演していただきました、ありがとうございました。どんどん若い層にも靴磨きを広めていきたいと思っています。
・西上さんの靴磨きのこだわりはなんですか?
靴は定期的に磨いて欲しいと思っています。髪を切りに行くような、生活の一部になって欲しいです。Saphirのクレム1925のクリームが大好きで、クレム1925をしっかり擦り込みます。クレム1925は天然成分と油分だけのクリームなので、革に入った栄養分が抜けにくく光沢とうるおいの持ちが良くなります。お客様のアフターメンテがしやすいよう、ハイシャイングローブで磨けばすぐに光りが戻るように整えます。
ポリッシュはしっかり塗り込みます。表面はサラッとしてるけど革の中でしっかり光りは保っているという磨きを心がけています。なので、僕の磨いた靴はつま先からアイレットのところまで自然と繋がっていると思います。
・印象に残っている靴やお客様はいますか?
ホテルの従業員の方で、僕が靴磨きしているのを見て靴に興味持ってくださって、「何かいい靴教えてくれませんか?」と尋ねてくれました。それまでは革靴は履き潰されていたそうです。靴磨きを知り、革靴を手入れしながら長く履こうと意識変化されたのですが、それはとても嬉しいですね。スコッチグレインをお勧めしました。それまではドンキで靴買っていると言われていたので、靴磨きを通して靴にこだわりを持っていただけるようになったことが嬉しかったです。
また、転職活動のためにうちに靴磨きに来てくれたお客様がいました。その後「磨いてもらったおかげで受かりました」とお電話くださったのです。そこから継続して磨きに来てくれています。最初に来られた時は、それまで靴を磨いたことがなかったらしく、転職活動の際に何かしないと考え、靴を磨こうと思って来てくださったとの事でした。シューツリーお勧めして、今では革靴を大事にケアしてくださっています。
・今後のボストンリオールズについて。
Tiktokでたくさんのお客様が来てくれることが分かったので、今は靴に興味がない人にも、より靴磨きを通して靴の魅力に気づいてもらえるような発信をしていきたいです。どんなお客様が来られても、きちんと対応ができる、高いレベルでサービスを提供できるように日々努力しています。
まだ具体的には言えませんが、新しい取り組みをいくつも計画しています。そして何より世界大会で優勝したいです。靴磨き選手権大会の応援も沢山いただくので、まずは日本大会で優勝して、それから世界大会で優勝することが目標です。
ホテルの靴磨きで気づいたことがありまして、利用してくださるお客様の靴は、磨かれていない状態のものが多いです。クリーナーで拭いても何も取れないのでそれで分かるのですが、靴を磨きに出されるということは、きっと翌日に何かがあるはずですよね。
例えば結婚式だったり、大事な商談だったり。出された靴を見ながらそんなことをあれこれ想像してると、お客様明日を応援したくなって、深夜の依頼であろうが年中無休で磨いてきました。ホテル磨きはボストンアンドリオールズの原点です。“福岡のホテルに泊まればボストンの靴磨きができる”、“靴を磨いて明日は良い一日になる”みたいな文化を広めていきたいと思います。
・Saphirの製品について。
僕のお気に入りはクレム1925、それとポリッシュも好きです。クレム1925はほぼ天然の原料のみで製造され、水分も入っていない油分だけで出来ているクリームです。革に入った栄養が抜けにくく、光沢やうるおいの持ちが良いです。ポリッシュも原料はクレム1925と同じなので、透明感が高い鏡面磨きが出来ます。革の表情がわかる透き通った光沢が出るので好きです。
最近だとCLEANSERを使うようになりました。これで汚れ落としをした後はクリームが浸透しやすくなるんですよね。Saphirの社長は「そもそもSaphirはクリームに天然成分しか使っていないのに、それをなぜ全て落とす必要があるんだ」と言われます。そんな想いがあってCLEANSERを開発されていて、革の中にあるクリームはすべて落とさず、表面のワックスだけを落とす仕様になっています。ちょうど良い落とし加減になっているんです。この新製品はとても気に入って使っています。
すでに10年のキャリアを持つ西上さんは今もなお24時間体制の靴磨きを行なっており、その逞しさには頭が下がります。九州男児らしい言葉少ないインタビュー中も一言一言に静かながら情熱が迸っていました。これから始まる靴磨き選手権ではどんな実績を残すのか!これからも西上さん、ボストンさんから目が離せません!